厚木に展示されたRV-10Dの機首には、ノーズアートが・・・”Luky Lady” は、お尻丸出し型のハイレグパンツでサイコロの目は、”6+3” 私には意味不明であった。

In 1974, 31 OV-1Bs were upgraded to the "RV-1D Quick Look II" configuration, with these machines redelivered beginning in 1977. All their conventional sensors were removed, to be replaced with an AN/ALQ-133 ELINT system, with a boxy antenna pod on a pylon under each outer wing. The ELINT system also included an AN/USQ-61 digital datalink to relay intelligence data to ground stations.
OV-1 Mohawk
OV-1 モホーク、アメリカ陸軍の固定翼機で日本で撮影できた希少な機体である。下記のようなオリーブドラブに塗られたOV-1を撮影する機会は、横田でもそんなに多くなかったはずで、まれに飛来すると航空雑誌に記事が掲載された。韓国に駐留の米陸軍が使用していた機体である。OV-1は、セスナO-1しか偵察専用の固定翼機をもっていなかった陸軍が、偵察専用機として発注したものである。開発は何と海軍機が得意なグラマン社、とてもスマートとは言い得ない”頭でっかちのメダカ”のような飛行機だが、離陸は最小距離200メートル 着陸では150メートルあれば可能と言う。兵装を積んだハリヤーと比べても、STOL性能でも顔負けの能力を持った偵察機であった。

 OV-1がお腹に抱えているのはSLARと呼ばれる偵察用のレーダーポッドで、これがまた優れものであり、機体の側面を約50Kmの幅でなでるように地上のデータ収集できた。もちろん真下も見れるが、OV-1のようなプロペラ機で、対空火器のある場所を真上から偵察することは自殺行為である。当時開発されたばかりの合成開口レーダーを使用し、夜間があろうが悪天候だろうが、関係なく緻密な写真データの収集が可能であった能力は作戦に大いに寄与したはずだ。其の為かベトナム戦でもベトコンに相当嫌われて、1機撃墜したら懸賞金まで出たと言うから、ゲリラにとっては余程厄介な存在だったのだろう。翼下のパイロンに様々な兵装を付けることが可能で、自衛用のAAMも搭載できたが、ベトナム戦では主にミニガンのポットを付けていたようである。
 1990年代にはD型を改造してRV-1Dとして復活をとげ、厚木のOHにも良く展示されるようになった。

(1993)

彼らが胸につけているPatchは、アメリカインディアン・モホーク族の戦士がカメラを持っているユニークなものであるが、左の写真のクルーがつけていたものは、赤い工具箱を持ったデザインで、もしかするとメンテナンス担当なのかもしれない。

(1994)

(1994)

Nose of OV-1D (62-5886) /1993/4/24
RV-1D (64-14263)
OV-1D (62-5886) /1993/4/24
OV-1D (68-18929) /1992/4/12
Wings
OV-1D (62-05873) 1995/6/3
RV-1D (64-14263) 1994/4/23
RV-1D (64-14256) /1995/6/4
OV-1D (68-15938) 1994/4/23
RV-1D (64-14256) /1995/6/4
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RV-1D (64-14263) 1994/4/23